「ひとりぼっちって、どういうことだかわかるか?」
実力派エリート迅悠一は玉狛のお子様林藤陽太郎に語って聞かせる。ゴーグル付きのヘルメット、そのまるい輪郭を優しく撫でながら。
「誰にも見られてないってことだ。誰にも知られていないってことだ。誰にもわかられていないってことだ。自分がなんなのか、どんな人だったかと聞いてそれが自分だとしたときに嬉しくないってことだ。そういうときに人は孤独を感じる」
「こどく?」
「陽太郎は感じたことないか?孤独」
「たぶん、ない」
「うん、そうだな、それがずっと続くといい。誰かと同じ場所にいて言葉を交わせばひとりぼっちじゃない、なんてことはないんだよ。ちゃあんと自分を知ってもらって、相手のことも知らなくちゃ」
ううん、むずかしいぞ……と小さな手が大きな頭を抱える。いつものように唇をすぼめて、お子様は迅の言葉をたどたどしく反芻した。
「じぶんをしってもらう。あいてのこともしる」
「そう、陽太郎はかしこいからわかるだろ?」
「本当に言ったのか?ぐちゃぐちゃにされたいって」
口を開いたのは荒船だった。いつもの腕組みの姿勢で、格好はパンツ一丁に肩にタオルをかけて、スツールに腰掛けている。
「俺は迅さんが言ったの見てないからな。どうしたいか、本人に聞かないと」
確かに酷くされたいなんて迅は犬飼に一言も言ってない。言ってないのにこのざまだ。開きっぱなしの脚をなんとか閉じて犬飼の力を借りて上体を起こした。まだ余韻が残っている。下っ腹は痺れ、下半身の筋肉のところどころが時折ビクビクと痙攣する。
「だってよ迅さん。どうされたい?何したい?」
犬飼も犬飼なら荒船も荒船だ。何も言っていないのにこっちの心を読んだように手酷く犯す犬飼。みんなが聞いている場面でどうされたいか希望を言えとストレートに問い質してくる荒船。流されていればよかった分、犬飼の行為が優しく思えてくるが、もちろんそんなのは錯覚だった。
性器と化した穴は酷く疼いていて、早く埋めて欲しかった。それから。
「………たい」
「何?聞こえねーよ」
至極真面目な顔で荒船が言う。犬飼が傍らでにやにやしている気配がする。懇願しろ、と言われているのだ。ギュウ、とシーツを握り締めた。
「ちんこ、なめたい……後ろから、いっぱい突いて、ひどくして、ぐちゃぐちゃにして……っ」
一気に欲望を吐き出した途端、冷めかけていた身体がまたぶわりと熱くなった。犬飼が迅の頭を撫でて、それから顎を持ってご褒美のキスをした。よくできました。
「フェラそんなにしたかったの?初心そうだからご奉仕はなしでいいかなって思ってたんだけど……そっかあ、迅さんちんぽ舐めて感じる淫乱だったんだ。知らなかったな」
ふらふらの身体を二人がかりで支えられ、体勢を変えられる。願った通りのかたちになって願った通りのことをされる。願ったり叶ったりってこういう事だな。違うかな。違うか。頭の中ではまだふざける余裕があって、その絞り出した余裕も頭の方と尻の方にいる人間たちにすぐ奪われる。そういう事が延々と行われる。
「じゃあ迅さん、俺が挿れるから、犬飼のちんぽ舐めてくれよ」
「えー、おれまだヤり足りないんだけど……まあいっか、迅さん、ほら、お掃除して?」
少しだけ柔らかくなった犬飼のものを口に含む。さっきまで自分の尻の穴に入っていたものだ。当然苦く、涙目になりながら舌を動かした。
「ぁ……ん、んむ、んん……ん、んっぐ!」
尻に荒船のものがはいってくる。犬飼よりまっすぐでてらいのない腰づかいになんだか安心してしまう。ふにゃ、と身体の力が抜けた瞬間にすべて突き入れられて声にならない声が出た。
「迅さん、ちんぽで串刺しになっちゃったね♡なあ、自分のナカに入ってたちんぽおいしい?あ、答えなくていいですよ。必死に咥えてる顔マジすげーんだけど。実力派エリート様のフェラ顔、写真撮っていいですか?」
「ふぁ、らめ……って、あ、あらふね、あん、いまらめ……っ」
「締まり良すぎだろアンタ……腰止まんねーって」
「こらこらそっちばっかで盛り上がらないよ〜本当に写真撮ってやろうか」
だめ、だめ、と思い切り首を振り逃げをうつと犬飼は迅の両手首を握りこみながら、冗談ですよ、と悪い顔で笑った。
「嵐山さんほっといて荒船×迅やったお仕置きだなあ。ほら手空いてる人、迅さん虐めてあげて〜」
当真や穂刈、その他諸々が迅に群がり、陰茎をその手に握らせたり逆に迅のものを弄んだりする。犬飼のものが喉まで侵入して息が出来なくなる。それからズル、と引き抜かれるのを何度かさせられるともう頭はまともに働かなくなった。
「は、ぁ……んぶ、っ……♡っは♡あ゛っ♡あん♡あ、ちくびだめっ……♡あ♡いぬかい♡いぬかい、や、もうむり……っ、ん゛っ、……っあ゛♡はぁっ♡はぁ♡やぁ、いぅ♡いぐっ♡もうやらぁあぁっ♡」
それを遠目から眺めるひとかたまりの数人がいて、その中で村上鋼は控えめに唸っていた。出水が気付き、話を促す。
「どうしたんすか、村上先輩」
「迅さんが……嫌がってる気がして」
小声の疑念も渦中の荒船にはしっかり聞こえたようで、首だけ伸ばして村上のほうを見てくる。
「嫌がってねーよ。なんなら近くで見てみるか?」
荒船の問いに、躊躇うかと皆が思ったのとは裏腹に村上はうん、とこくり頷いて、寄ってたかって犯されている迅に近寄り、顔を覗き込んだ。
「迅さん」
だらだら涙が流れている代わりによだれもだらだら流れていて、鼻水が流れた跡があって、村上はその鼻を手で拭いてあげた。優しい子だ。迅は思った。口から出るのはいかにも気持ちよさそうな喘ぎ声ばかりだが。
「あ、あん、鋼、こう、たすけ、たひゅ……あ゛、やら、もういぐ、またいっちゃ、んぅ、ふ、んん゛……っ」
「鋼、見るだけじゃ勿体ねえぞ。俺とやってからだれともしてねえだろ?チンポくらいしゃぶってもらえよ」
「あ、ああ……」
「は、あ……こう、こうのちんぽ……おっきいな、いまきもちよくしてやるからな……ん……」
迅の表情がふわりと緩み、口角も少し上がる。すっかりセックスが大好きな身体にされてしまった。こんなはずではなかった。こんなはずではなかったと思いながら犯されるのも未来視の通りだ。こんなふうになってしまう可能性はそこまで高くはなかった。逃げようと思えばいくらでも逃げられた。読めなかったのは太刀川から乱交パーティーの写真を見せられたときと太刀川に襲われ、犯すことを強要されたときだけだった。それが始まってからは全部読めていた。読めていたはずなのに何故逃げなかったか。望んでいたからだ。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。頭の中では、いや身体中で謝罪の言葉を囁き続けている。それは声にはならない。ただ泣き続けて、喘ぎ続けて、頭を空っぽにするだけ。空っぽを涙でびちゃびちゃに濡らし、圧倒的な水分に浸すだけ。それだけがすべてだ。それだけでよかった。村上の陰茎を迅は左手で掴み、慣れない手つきで扱いた。舌を限界まで伸ばして迎え入れた。赤い先端に舌が触れてそこから体温が伝わった。熱いものはぺろぺろと舐めるうちにどんどん熱く硬くなっていく。先から滲み出たものの苦さに目を細めると、ぐ、と頭上から声が聞こえた。
それから勃起した陰茎の数はどんどん増えて、それらの全てを迅は口で、尻の穴で、受け入れる。鋼の気配が遠くなっていく。離れる前にびゅ、と舌の上に、顔をめがけて発射された白いものは量が多くて、ああ健康そうだな、と思った。誰が誰かなんてもうどうでもよかった。汚い言葉も下品な言葉も、全部涙と熱と痛みに溶けてどうでもよくなった。その中で澄んだ声が聞こえた。幻聴かもしれなかった。乱交の場にはあまりに似合わない静かな声だったから、きっと、絶対、これは幻聴なんだと迅は信じて、信じ込んで、だから安心してその声を聞いた。
「なあ迅さん、わかるよ。ボーダーに入る前、おれもずっと思ってた。こんなものになんの意味があるんだろうって。こんなにみんなが大好きで、みんなと仲良くしたいのに、上手くいかないのはどうしてだろうって。結局おれの持ってるものの中に、みんなの役に立つものなんて、なにひとつないんだって。でも違ったんだ」
もう身体はどうなってるかなんてわからない。生首になった心地でやさしいことばを聞いていた。両手で頬を撫でられている。目が渇くような思いと生理的な反応の間で揺らいでいる。もう涙は流れない。ただ熱く熱く熱くなっていく。
冷たい声。優しい声。
「ここならみんながおれを必要としてくれる。無駄なんかじゃなかったんだ。おれの、変なこれに、サイドエフェクトって名前がついて、副作用なんだから苦しかったのも当たり前だって、説明がついた」
でもまだ迷った。「向こう側」に行くのだと思った。わかるよ鋼。行くしかないのだとわかっていても、一本道しかなかったのだとしても、選べるのは進むか留まるかしかないのだとしても。
「一度吹っ切るしか、なかったんだよな。向こう側に行くしかなかったんだおれは。みんなの中では役立たずだったんだ。無駄だったんだ。それは事実で、過去で、証明されたんだ。でもまだ足掻いてる」
ここにもみんなはいる。やさしくて強くて賢いみんながいる。役に立ちたいと思う。今度こそ。
「みんなのことは嫌いじゃない。嫌いになんかなりたくないし、嫌う必要もない。でもおれはどうせなら好きな人の役に立ちたいなと思うようになりました。迅さん、あなたはどうですか」
本当は、ボーダーになんか入りたくなかった。幼い自分はいつも逃げて、誰もいないところで泣き喚いていた。泣き喚いていたかった。向こう側なんて怖いところに行きたくなかった。でも一本道しか用意されてないんだって予知が叫んでいたからどうすることもできなかった。本当は選びたかった。なんでもできるって思っていたかった。なんでもできる上で選び取っているように見える人を好きになった。みんなの役に立つこと。
太い杭が、内臓を穿つ。赤くない体液がばら撒かれた寝台は、これは暴力ではないのだと、その境目を縫う行為なのだと、言い訳をしているようにも見える。いっそばらばらにしてくれと懇願しても、血の一滴も出ずに終わるような気がしてそれはおそろしいことだなと思った。赤の一文字に暴力とは程遠い彼の姿がちらついて混乱を自覚する。同じことだ。お前ならどうにかしてくれるんだろ、なあ。
「あらしやま」
キスしてほしい。

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