呪い(R-18)

「あ、迅さんだ」
「え。ああ……ほんとですね。珍しい」
「でも最近よく来てる方だよね」
「そうですね。あ、また太刀川さんとじゃれてる」
「楽しそうで何より」
 ボーダー本部のロビーで茶を飲みながら、辻とそんな話をした。充分に距離をとって迅悠一のことを眺めていたのに迅は犬飼を目ざとく見つけ、一瞬、誰にも悟られない程度に表情を曇らせてすぐいつもの薄ら笑いに戻った。
 こんなに大勢の人間が蠢いている建物の中で視線を合わせられたこと、見ていることに気付かれて見つめ返されたこと、そもそも迅悠一を見つけてしまったこと。どれもこれもが犬飼澄晴の頭の中を煮立たせた。あんたを見ているだけで吐き気がするんだ。何故だろう。冷たいのじゃなくて熱いのにしとけばよかった。冷える舌とひくつく喉。
「犬飼先輩、辻くん。二宮さんが呼んでる」
「了解」
 氷見が駆け寄ってきて、スツールから立ち上がり紙コップをゴミ箱に捨てた。

「ドタキャンされた。デート」
 ラブホテルのでかいベッドの上で熱くなった身体を冷ましていたら相手にそう打ち明けられた。さっきまで一緒に身体を熱くしていた相手に。汗まみれになって全身ずぶ濡れになった頃に今日なんか積極的ですね、とかなんとか言った気がする。その答えがこれということだろうか。
「なんで?また広報?」
「じゃないの。知らないけど。最近ソロ仕事も多いみたいでさ……隊じゃなくて、嵐山ひとりの。テレビとか、ラジオとか、市の広報誌とか、観光情報誌とか」
「まあ以前からそうでしたけど、最近は本当よく顔見ますね。ゆるキャラか?ってくらい」
「あいつミッキーマウス目指してんのかな」
「着ぐるみで分身作れないから大変ですよね人間は」
「まあミッキーマウスも嵐山准もひとりしかいないから」
「え?あー……まあ、そうですね……」
 そういうことなんですかね。そういうことだよ。断言する迅悠一の上に乗っかりたくなって乗っかってそれから今日何度目かのキスをした。あんたはミッキーマウスではないだろう。ミッキーマウスに乳首は無いし。指に偶然当たった突起をつまむと迅がこくりと息を呑んだ。別に開発もしてないのにまあよくも律儀に反応がいいものだ。唇を離してやると荒い息と共にすぐ言葉が出てきた。
「またすんの」
「あんたがミッキーマウスじゃないことを確認したくなっちゃって」
「おれはちがうよ」
「疑わしいなあ」
 でもまあそうだよなあ、とは思う。この人はもっと、なんていうか、おまじないっぽくて。嵐山さんもおまじないなんだけど。おまじないってお呪いって書くんだよな。嵐山さんはそれを知っててみんなに言わない。知ってても言わない。言わないことを美徳としている。だから嵐山さんはいつまでも「おまじない」でいられる。迅さんは。迅悠一は。腕の中のこの人は?
「迅さん、デートしません?」
 緩い穴に硬いものを突き入れながら最悪の提案をした。
「たちの悪い太客?」
「プレゼントもしますよ。マフラー買ってあげます、よっ」
「んっ、やっぱ、たち悪……あ、あ、やだ、や」
「いつも首寒そうで見てらんないんですよ。本当はコートももっと良いの着てほしいんだけど。『迅悠一』なんだからさあ……」
忙しなく動く喉仏、曝け出される首筋を撫でながら囁く。
「オンナを、着飾って、楽しむ方なの、おまえ」
「さあ、なんでもいいでしょ」
 おれにとってあんたが何だとしても。結局みんなにとってはあんたは迅悠一で、光の方へ進むことが決まった都合の良いお呪いで、おれはあんたを見てるといつも、着ぐるみが頭部を脱いだ楽屋裏を覗いてしまった子供みたいな気分になる。見てしまった自分が悪いのだけれど、目が合ってしまったからには憎まずにはいられない。
 夢を見せてほしい、ってまだ願っていいのかって聞いたらあんた達は勿論、って応えるんだろう。そういうところが好きだ。しあわせになってほしいと思う。ふたりのしあわせを願っている。
 なのにどうしてこんなことをしているんだろうな。
 夢を見続けさせてくれなかったひとを嬲っている。
「あ、あ、う……ぅ、あ、っく、いく」
「迅さん、ね、デートしましょ?」
「あ、あ、あっ」
「うんって言って」
 迅の勃起の根本を押さえつけて腰を薄くて頼りない尻に何度か叩きつけると呆気なく迅は首を縦に振って「うん」と言った。喘いだ。喘いで喘いで、最後に言おうとした「うん」はもうめちゃくちゃで言葉として形を成していなかった。

「卑怯」
「うん」
「意味わかんない」
「デート楽しみですね」
「意味わかんないな〜〜〜」

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