※注意※
この作品は性暴力を取り扱っています。
読みながら気分が悪くなったときは無理をせず中断して下さい。
登場人物一覧
迅悠一
ボーダー玉狛支部所属実力派エリート。嵐山准と付き合っている。太刀川慶に※逆レイプされる。
太刀川慶
二刀流の達人。忍田真史本部長と付き合っている。迅悠一を逆レイプする。
忍田真史
太刀川慶の師匠かつ上司。ボーダー本部長。太刀川慶と付き合っている。
嵐山准
嵐山隊隊長。迅悠一と付き合っている。
出水公平
太刀川のことが好き。太刀川の部下。
※逆レイプとは……陰茎を同意無しに暴力として突っ込まれるのを順レイプとしたときの逆。つまり同意無しに暴力的に陰茎を突っ込まされる、突っ込むことを強制させられるタイプのレイプのこと。レイプに逆もクソもあるかとは思うがわかりやすいので「逆レイプ」の語を使っています。
泣こうがわめこうがおれは今ここに足を着けて立っていて、しゃがんで、座って、また立って、歩き出すしかないと思って、否。
おれは泣いたことなんかない。何を泣く必要がある?
「いずみ〜」
太刀川隊作戦室。同じ隊の部下にあたる出水公平の口に軽くキスをしてこの話ははじまる。この話ってなんだ。まあなんでもない話なんだけど。日常ってやつだよ。
「太刀川さん、なんですか急に」
「つまんない奴だよなお前は」
「つまんないですよどうせ俺は。つまんないから抱かせてくんないんでしょどうせ」
「どうせどうせ言ってたら根性がひん曲がるぞ、天才様」
「恋愛に関してはすっかり自信無くしちまいましたよあんたのせいで」
「ふーん、じゃ、練習して取り戻してみる?自信」
にやり、と笑ってみせると出水はぴくりと反応した。モードを切り替えたようだ。
「取り戻させてくれるんですか?」
「ん、お前次第かな……」
そうしてまたキスを始めた。ソファに押し倒されて軽く手で待ったをかけるもあっけなく振り払われた。
年下は好みじゃない。以前からそう言っているのだが、愚直で気の強く若い部下は諦めないと返してくる。なのでこうやってたまに遊んでやる。
「……こら、ここどこだと思ってんだよ」
「誰も来ませんよ」
換装していない生身のセーターの裾を捲ろうとした出水を制したところで叫び声がこだました。
「来てますよ!!!!!!!」
唯我だ。太刀川隊に親のコネで入った人間の濁った声は作戦室の入り口からその空間内に響き渡った。
「おー、おつかれ」
出水がせっついてくるのでまた唇をくっつけた。ここぞとばかりにディープキスを見せつけてやると唯我は口をあんぐり開いたままわなわなと震え、
「不潔だーーッ!」
と叫んだ。
「うるせーなあ。なんか用?」
「もうすぐ三雲くんが来るんですよ出水先輩!」
「あーそうだったっけ。それならいいわ」
「謝ってもくれない……!」
出水は唯我に厳しい。厳しいというより雑だ。まあおれも人のこと言えないけど。出水は何事も無かったように立ち上がり、太刀川は唾液でびしょびしょの口元をごしごし擦ってソファに座り直した。
「太刀川さ〜ん、この前渡した書類って……」
「柚宇さん!お疲れ様です!」
「お〜出水くんおつかれ〜」
「僕のときは無視したくせに……!」
唯我がハンカチを噛む。雑になだめるように国近は太刀川の前に立ち手を出し催促をする。
「はいはい、で、太刀川さん、書類は?」
「あーまだ出来てない」
「暇なら今書いちゃってくださいよ〜持ってます?」
「持ってる持ってる、えーと」
がさごそとリュックの中を漁り始めた太刀川を横目に出水は唯我を小突く。
「おい、お前そろそろ迎え行った方がいいんじゃねえの」
「いつも三雲くんから作戦室に来るじゃないですか。いいんですよここで……三雲くん!待っていたよ!」
お疲れ様です、といつも通りの控えめさで現れた三雲修の姿に、唯我は心なしか表情に活気を取り戻した。
「あーあったあった。よっし今から書くか……国近ボールペン貸してくんね?」
「はいはい、……あ、三雲くんこんにちは〜訓練がんばってね、いってらっしゃ〜い」
「三雲くん!今日の僕は調子がいいんだ!容赦できないかもしれないがいいかな?フフフ」
「あ、はい、よろしくお願いします」
浮かれた唯我と淡々とした三雲、対照的なテンションの二人は訓練室へ向かっていった。
「あーめんどくせーなこの欄、去年なんて書いたっけ」
「去年の持ってこようか?」
「頼むわ」
「太刀川さん」
「ん〜?」
「こないだ言ってたやつ、本気でやるんですか?」
「何の話だっけ」
「とぼけないでくださいよ」
書類のファイルを取りに席を立った国近には聞こえないよう、出水は立川の耳元でひそひそと囁く。
「乱交パーティーなんて正気ですか?」
「んふふ」
書類から目を上げないままにやにや笑う太刀川を出水は呆れ顔で見た。この人、太刀川は俗にいう色狂いだ。一応忍田本部長と付き合っていることになっているが、年上のイケメンとセックスできる機会があれば喜んで身体を差し出すし、年下でも気分次第でいただく。その気分に振り回されているのが出水というわけだ。直属の部下であることを気にしているのかと最初は思ったが、キスはしてくれる辺り本当に気分らしい。
「たまにはお前らもガス抜きしたいだろ?米屋はノリノリでメンツ集めてくれるって言ってたぞ」
「うへえ、弾バカも好きっすね」
「なんか生駒隊の二人も来るってさ」
「イコさんっすか!?」
「いや、水上と隠岐」
「あー……納得のようなそうでもないような」
「あと犬飼と辻と」
「カップル仲良く参加すか……」
それは見せつけられて終わりにならないだろうか、と出水は危惧したが、その辺りはリード役の犬飼次第だろうと思い直した。
「迅がな〜参加してくれればな」
「嵐山さんが許さないでしょ」
迅悠一と嵐山准は付き合っている。犬飼と辻と同じように、それはもう仲睦まじく。しかしお互い、特に嵐山は広報の仕事が忙しく、たまの早朝の犬の散歩デートくらいでしか会えていないらしいとは風の噂で聞いた。
「嵐山は流石にイメージがあるから無理って決まってんだけどさ、迅はまだどうにかなるだろ」
「なりませんよ」
「迅が駄目だったら俺も駄目ってことになる」
「そ、……うかもしれないすけど!」
「迅とやりてーなあ……」
「なになに〜?バスケの話?それとも麻雀?」
実にしょうもない理由でため息をつく太刀川と出水のもとへ、何も知らない国近がファイルを手に戻ってきた。
「あーいや、ランク戦の話」
流石太刀川食えない男、素知らぬ顔で誤魔化してみせる。
「そっか、迅さんまたランク戦やるって言ってたもんねえ。そういやロビーが騒がしかったけど、迅さん来てたりして〜」
「まじか」
「緑川くんがダッシュで向かってたから多分」
「まじか!」
「太刀川さん」
「わかってるわかってる」
書類の最後の署名を半分殴り書きで終わらせた太刀川はものすごい速さで作戦室を後にした。すっかりランク戦に誘いに行ったのだと思い込んでいる国近はにへにへ笑い、それだけではないことを把握している出水は頭をガシガシ掻きながら呟くことしかできなかった。
「本当にわかってんのかな……」
「迅!」
「太刀川さん」
「今日は逃がさねーぞ」
案の定、緑川に捕まっていた迅悠一は太刀川を見つけた瞬間朗らかに笑って返事をしてきた。
迅悠一。一見のんびりへらへらとしているように見えるが、これでも未来視のサイドエフェクトを持った自称【実力派エリート】である。彼の言葉ひとつでボーダーが動くし、街の運命も彼が握っていると言っても過言ではない。戦闘能力も太刀川と並ぶほど高く、ライバルとして申し分ない。そんなライバルはここ数年事情があってランク戦に参加していなかったのだが、風刃争奪戦を経てまた参加するようになった。これは太刀川としてとても喜ばしいことだった。
「太刀川さんそんな慌てなくても、おれは逃げないよ」
「逃げてるだろうがいつも」
「そうだよ迅さん!太刀川さん終わったら次おれの番だからね!」
緑川がぴょんぴょん迅のまわりを飛び跳ねている。迅は仕方なさそうにしながらも少し、いやだいぶ嬉しそうだ。
「はいはい、いやあ忙しいな……あ」
「ん?どした」
「いや……なんでもない。犬飼がこっち見てるなと思って」
太刀川が振り向くと確かに犬飼澄晴がいた。しかしもうこちらを見てはおらず、若村や黒江と談笑をしているようだった。
「お前がいるのが珍しかったんだろ」
「なんか睨まれてたような」
「気のせいだろ」
「……はは、そうかな」
それから迅は太刀川と十本勝負をしたあと緑川と三本勝負を二回、それから少し休憩の雑談を挟んでから再び太刀川と十本勝負をした。
結果、迅と太刀川はいつも通りほぼほぼ互角で、迅から奇跡的に一本取れた緑川はそれなりにはしゃいだ。
「迅さんに勝った!迅さんに勝った!」
「手抜いたな?」
「いやいや、緑川も強くなってるよ。油断できないなこりゃ」
「へっへっへ〜……あ、やばいもう早紀ちゃんとこ行かないと怒られる!じゃあね迅さん!太刀川さんも!」
早足で去っていく緑川を二人して見送った。
「太刀川さん、なんか言うことあるんじゃないの」
「おう、……いや、いいや、また今度な」
「何それ」
「サプライズしがいのない能力だよな〜」
「ラーメン屋行くことしか確定してないよまだ」
「そうなんだ、じゃあ行くかラーメン屋」
「……行くか〜」
ラーメン屋でラーメンを食べた。それでその日は終わった。
重い鎖がじゃらじゃらとついていて、猛犬用と一目でわかるようになっている棘のついた赤い首輪と大きめのサイズのワイシャツ一枚だけを身につけて太刀川慶は、だだっ広く白いばかりのマンションの一室で忍田真史を待っている。シャワーを浴びた後の艶やかな肌、鎖骨、長い脚を見るものはまだこの部屋に帰ってきていない。
キングサイズのベッドの下には引き出しがついていて、そこから太刀川は白色の玩具を取り出した。陰茎を模した形のそれは太刀川と忍田の夜の営みで何度も使用してきたものであり、太刀川の身体に馴染んだものだ。ついでに専用のジェルも取り出して、玩具と尻の穴両方にそれをたっぷり塗りつける。
「あ……ぅん、は、あ、あ……っ」
昨日も一昨日もやった。昼の模擬戦は二ヶ月以上していないのに夜の、こっちの方は毎日のようにやっている。太刀川がねだるからというのもあるが、忍田も結構な好きものであることは間違いない。一日かけて元に戻りかけていた穴をまた玩具でこじ開けて、拡げる。入り口が気持ちいい。前立腺も気持ちいい。玩具のスイッチの位置ギリギリまで挿れても奥には絶妙に届かない。
「あ、あ、しのださ、しのらさぁん、やぁ……っ」
示し合わせたようにガチャリと音がして、その部屋のドアは開いた。
「慶」
短く太刀川の名前を呼んで、忍田が部屋に入ってくる。ベッドで快感に震えている太刀川に寄り添うように忍田はベッドに腰掛け、太刀川の頬を撫でた。
「我慢できなかったのか。悪い子だな……シャワーを浴びてくるから、待ってなさい」
「〜〜〜っ、はい……」
首輪の鎖をベッドの柵に絡ませてから、忍田は部屋を後にする。その間ずっと太刀川は白い小さな玩具の些細な振動に振り回されていなければならなかった。何度か前立腺で軽く絶頂に達した頃、シャワーを浴びた忍田が部屋に戻ってきた。汗の滲んだワイシャツとスラックスの装いから、ボクサーパンツ一枚にタオルだけ携えた格好になった忍田がゆっくりとベッドに近づいてくる。
「あ、あ、しのださん、おれ、もう」
「うん、よく我慢したな」
頭をくしゃりと撫でた後、頬や耳に触れる手つきがいやらしく、太刀川はもう一度絶頂を極めた。
忍田は無言でそれを眺めて、ボクサーパンツから陰茎をまろび出させる。太刀川は眼前にある半勃ちのそれをおもむろに掴んで、舐めしゃぶり始めた。
「ふ……っ、ん、んぅ……」
「本当に慶はおちんちんが好きだな」
「すき、すき……っ」
「初めてのときはあんなに恥ずかしがってたのに」
「ん、おっさん達の前だったから……仕方ないでしょ……」
取引先との飲み会で余興としてセックスしたのが太刀川の初めてだった。大丈夫だから、と忍田になだめられながら数人の老人の面前で繋がった。解散した後も火が燻っていた忍田にホテルまで連れていかれ、朝まで抱き潰された。それからというもの太刀川は忍田の雌だった。
「あ、はぁ、すき、しのらさんの……ながくて、おくまでとどく……んっ、ふぁ、きもちぃ、おく、もっとぉ」
太刀川の長い脚を片方抱え上げ、奥まで入るように腰を密着させる。忍田のそれは本人の性格を表すようにまっすぐで、太さもあり、何より硬い。太刀川は誰のものより忍田のものを念入りに愛したし、それを使って責められれば何度も簡単に絶頂に達した。
「あっいく、あん、あぁだめ、いく、しのらさん、いっちゃうの、いっちゃ……いく、いくいくいく……っ」
忍田が太刀川の奥に精液の奔流を叩きつけたのと同時に太刀川も軽く射精した。直腸がびくびくと痙攣するのを味わってからまた抽送を再開する。
「あ、まって、まだいってる、いって、あぁああああ〜〜〜〜〜〜っ」
「慶、慶………っ」
「しのらひゃ………ぁ、まだかたい……しゅご……っう〜〜〜〜!」
太刀川が身じろぎをする度にじゃらじゃらと鎖が鳴る。忍田はベッドの柵に絡めていたそれを外し、ぐんと引っ張る。太刀川の頭が少し浮く。
「慶……立てるか?」
「はぁ、は………ん、たてる……」
二人してベッドから下り、立ちバックの姿勢になった。忍田は太刀川の首に繋がる鎖を短く持って、それだけで太刀川のことを支えた。喉元の締まりが直腸の蠕動に直結し、そこを忍田の剛直で穿たれ、太刀川の頭の中は苦しさと快楽でぐちゃぐちゃだ。それがよかった。
「あぁあああぅぐ、ん、やぁあああっ」
「嫌じゃないだろ?」
「うぐ、ひゅき、すき……あぁあついちゃ、つくのもうらめ、いぐぅううっ」
また太刀川は精液を吐き出して、それはフローリングの床にぽたぽた落ちた。ずるりと引き抜くとそこはぽっかり穴が空いてしまっている。埋めるものはもうひとつしか考えられなくて、偽物じゃ足りなくて、本物がほしい。今抜いたばかりのそれがほしい。足りなくて、ひくつくそこに指を入れて強請る。
「しのだ、さん……おれ、もう、おちんちんなしじゃいきていけなくなっちゃったぁ……どう、しよ……」
「戦いとどっちが大事だ?」
「ふぇ……」
忍田は訊いて、それから太刀川の唇にキスをした。太刀川の目を見て、問い直す。
「剣での戦いとおちんちん、どっちがお前にとって必要不可欠なんだろうな?」
「どっちも、おなじくらい、きめられないよ……そんなの……バトんのも、おちんちんも、どっちもだいじ、どっちも、ちょうだい……?」
「……良い子だ」
空いた穴はそうやって埋められて、戦う相手、否、遊び相手もボーダーにいる限りは困らないでいられる。
「あ、あっすき、しのらさ……しゅき……きもちぃ、おちんちんもっと、もっとして……あぅ、おくも、いりぐちも、ぜんぶきもちぃ……もっと、あっ、あっあっあっ、はぁあああっ……あかちゃん、できひゃうかも……っ」
「赤ちゃんか、いいな……一緒に作ろう、慶」
「あ、あぁだめ……っそれ、きもちよくなっちゃ……ん、らめ、しのらさんかっこいい……にんしん、しちゃう……こども、つくって、つくろう?しのらさ……あ、しゅき、しゅき……いく、またいっちゃう、いく……っ」
セックスも戦いも、どっちも必要。太刀川をそういうからだにしたのはボーダーで、忍田だった。
「忍田さん、模擬戦やんない?」
「お前と違ってこっちは忙しくてな。課題は終わったのか?」
「課題終わったらしてくれんの?」
「……慶」
忍田真史はため息をついて、それからお手、と言いながら手を差し出した。太刀川慶は素直にその手に少し丸めた手を重ねて、わん、と言ってみせる。
「待て、だよ。慶」
「待てって、いつまで」
「今週は無理かな」
「今週って、今日水曜」
「日曜の夜な」
「それってセックスじゃなくて?」
事もなげに言う太刀川の頭を紙製のファイルで軽く叩き、忍田は囁く。
「セックスもお預け」
「模擬戦は?」
「また来週、時間あるときな」
頭をわしわしと撫でられながら太刀川は頬を膨らます。セックスも模擬戦も、毎日だってしたい。けれどそうはいかない。忍田も忙しいのだ。頭ではわかっている。わかっているが。
「やあ、太刀川くんだったかな」
「あ、こんにちは、どうも……」
ボーダーの取引先の重役が通りがかった。上層部の方に用があったらしい。分厚いしわくちゃの手を差し出され、握手する。
「先々月だったかな以前会ったのは、いやあ楽しかったよ。君さえよければまた一緒にどうかね」
「はあ……」
返事に困っていると、忍田が横入りしてきた。
「太刀川はまだ学生ですし、学業の方がありますから」
「おおそうかそうか、いや忙しいならいいんだ、ボーダー活動に学業か、文武両道、頑張ってくれたまえよ」
背中の下の方、いや腰の方か、その辺りを強めに叩かれる。一応背筋を伸ばして礼をし、見送る。
「悪趣味じじい」
「慶」
ぼそ、と呟いた一言を忍田にたしなめられて、唇をとがらせた。自分のが役に立たないからって余興に若者をまぐわらせるじじいだ。悪趣味でなくてなんだというのだ。
じじいから受け取ったであろう紙袋を持って沢村響子が現れた。ふんふんふん、いいとこのお菓子〜〜〜と鼻歌を歌いながら紙袋から箱を取り出し、開封した。
「太刀川、先方からの差し入れだ。一つ取っていけよ」
「おっチョコレートじゃん、やった〜」
「お高いやつだからね〜大事に味わって食べなさいね太刀川くん」
沢村が口を出してくるのも構わず一口サイズの小綺麗なチョコを2個同時に口に入れる。なるほどいいにおいと複雑な味が口の中に広がった。
「あーっ!味わえって今言ったのに!」
「大丈夫大丈夫、うまいうまい」
「えっと太刀川くんが今食べたのはヘーゼルナッツとビターのやつかしら、それと……あれ?太刀川くん、もしかして赤いの食べちゃった?」
「え?あーうん、食べたかも」
「そういえば赤いのが特別美味しいから君に食べてほしいっておっしゃられてたな」
忍田がぽろっとこぼすと沢村が大声を出した。
「太刀川くん!!!」
「早く言わない方が悪くね?」
「どんな味だった?」
「え?なんか酸っぱかったかも……あとなんか薬みたいな」
「薬?」
「スパイスか何か入ってたのかしら?箱についてる紙にも書いてないみたい」
「んーでもうまかったよ」
「感想伝えておけば角も立たないだろう、別におれはいいよ」
「忍田さん……」
きゅん、という文字とハートが見えるほどにわかりやすく沢村は忍田にときめき、それですべて事なきを得た。
はずだった。
一時間後。午後五時をまわって中高生達もそろそろ本部に集まり始めた時刻だ。太刀川はいつも通りトリオン体でうろついていると、突然身体に違和感を覚えた。手のひらを見る。痺れ?いや違う。もしやと思った。思ったがそのときはチョコレートのことは考えていなかった。もしや体調が悪いのか?と思った。それだけだった。とりあえず倒れるなら人のいるところに行って倒れるかと思い、風間を探した。さっきまで遠征のことで話してたのに何処に行ったのだろう。居ない。出水や国近はまだ来ていない。今日は非番だから自主練でも無い限りしばらくは来ないはずだ。どうする。考えながら廊下を歩く。なるべく平然を装って。そうしたら声が聞こえた。めがねくんならだいじょうぶとかなんとか。
「迅!」
聞こえていないのか、迅は歩きながら電話を続けている。相手は三雲だろう。なんとなく早歩きな気がする。なんでだ。未来が読めているからか。苦笑する。逃げるなよ。おれはただ体調が悪くて、誰かにたすけてほしくて、たすけて、
たすけてくれ。
「トリガー、オフ」
隊服から私服のカーディガン姿に変わった太刀川はその場に倒れ伏した。息が荒い。頬が熱い。何かがおかしい。己の股間を見るとものの見事に勃起していた。こつこつとゆっくりこちらに向かってくる足音は頭の前で止まった。
「太刀川さん」
「おー、おー……迅」
「大丈夫?じゃないね」
「見えてたか」
「うん」
迅はため息をついて、太刀川を救護室まで連れていった。誰もいない。迅が鍵を後ろ手にかけた。
「ベッド、寝て、ほら」
太刀川の脱いだカーディガンを受け取ってたたみ、ベッドの端に置く。
「寝てたら良くなると思うか?」
「二時間くらいのたうち回ってなよ」
「無茶言う〜」
「ちなみにオナニーしてもそんな変わんないから」
「まじか」
「したいなら好きにすれ、ば………………太刀川さん」
退室しようと腰を上げると、ベッドに寝そべっている太刀川にぎゅ、と手首を握られた。
「悪い迅、ちょっとちんこ貸してくんね?」
「……待って」
「未来見えてんだろ?」
「……何、言って、待って太刀川さん、待って」
「見えてんだろ?」
問いただされて、迅は黙るしかなくなる。見えてないなんて言えない。ただ信じられなかっただけだ。見えていないふりをしていた。誰か来るかもしれない可能性もあったから鍵をかけた。どうしようもなかった。どうしようも。
こくん、と頷いた。
「じゃあいいだろ」
ズボンとパンツをいっぺんに脱がされる。寒さに縮こまったものをむんずと掴まれて、迅は必死で、いや、必死なんかじゃない、後で言い訳をするためだけに、抵抗の素振りをみせていた。
よくわからない。発情した太刀川に襲われる、レイプされる、男が男を襲うのはレイプっていうのか?そもそも「ちんこを貸す」側が襲われるのはレイプって言わないんじゃないのか?知識が無い。追いついていない。調べたらいいんだろうけど怖くて調べもしなかった。レイプされる前にレイプについて調べるやつがいるか。いやいるかもしれないけど。
よくわからないままに迅のそれは太刀川の手と舌によって勃起して、勃起してしまって、それでもまだ太刀川は迅のそれをうまそうにしゃぶっている。
「太刀川さん」
「ん?」
「やめて」
「ん、今いいとこなのにな……おー、勃ったじゃん、よかったよかった」
全然よくない。
「目、つむってていいぜ。グラビアのねーちゃんでも想像してろよ」
「無理だよ」
「はは……っ、と、ふ……ぅん、あ……っ」
つぷ、と微かな音がして、それから肉を押し広げていく感触が続いた。オナホールより熱い。熱くて狭い。
「なんで濡れてんの……」
「あー、ローション仕込んどいた。忍田さんとやろうと思って」
ぬるぬるして、あたたかい。ということはだいぶ前に仕込んだということだ。何がなんだかわからない。わからないのでもう理解することを放棄した。
「ほら、ぜんぶ入ったぜ」
「見せなくていいから」
「動くぞ……ふ、あ、あ、あん」
気持ちいい。気持ちいいだけにショックだ。こんなに気持ちいい穴の持ち主だなんて知らなかった。こんなにどうしようもない人だなんて知らなかった。自分の欲のために後輩を犠牲にする人だなんて知らなかった。もっとかっこいい人だと思っていた。誰にも侵されない人だと思っていた。侵すのだったらおれが侵される方だと思っていた。なんてお気楽な願望だろう。
憧れの人がおれの上で腰を振りたくっている。
「ん、ぁ……は、きもちい、迅〜」
「何」
「きもちい、だろ、おれのまんこ」
「……ふ、ぅ、……」
表面張力でギリギリを保っていたのに、きもちいいかどうかを聞かれて呆気なく溢れてしまった。ぼろぼろと涙がこぼれて止まらない。
「うぇ、まじか。泣くなってほら……わぁ」
間抜けな声をあげた太刀川をよそに、迅は上半身を一息に持ち上げて太刀川の腰を持った。そして突き上げる。
「あっ……っなに、え、迅っちょっ、待って……ぁ」
「たちかわさんのばか、ばか、あほ、自己中、人の心ないのかよあんた、くそ」
泣きながら太刀川の中を突きまくっている。ズッ、ジュプ、グポ、と下品な音と衣擦れの音がする。
「なんだよ、知ってただろ?おれがクズってことくらい」
「知ってたけどここまでとは、……はあ」
ズビ、と鼻を啜ってため息をつく。ここまでとは思わなかった。上半身と下半身が別個のものになっているような気がする。いっそなったら楽になれる気がする。そんなことはないのに。
「言いながらギンギンなの笑えるな、おい迅、いっぺん中出ししてくれたら許してやるよ」
こっちが許す許さないの話にすら、最初からなっていなかったということか。絶望が深まる。そりゃそうだ。だって太刀川は一つ年上で。
一度引き抜いて、太刀川に後ろを向いて膝をついてもらってバックの体勢になる。改めて挿入する。
「いいとこ教えてよ」
「お前いつも嵐山にしてもらってんだからわかるだろ。ん……は、いい、そこ、あっ」
太刀川さんは。
「あ、あぅ、ん、きもち……じん、あっ、ああ、あっすご……あ、おちんちんきもちぃ、すき、あぅ、ちんぽすきぃ、もっと、もっとぉ……」
太刀川さんは、エロい。セクシーっていうか、男の色気っていうか。肌は女の人みたいに白くはないけれどつるつるすべすべで綺麗だし、すね毛や髭の生え具合まで色気を増幅する小道具として成立している。わかる。頭ではわかる。エロいんだと思う。でも好みじゃない。太刀川さんのことを好みだと思うおれがたとえいたとしてもおれはそのおれのことが受け入れられないっていうか、橘高がよく言ってる、そう、解釈違い?ってやつ。
でもなんかよくわかんないけどその解釈違いのおれはちんこにまだ棲んでいるみたいで、ちんこをバキバキに勃たせるのに一役買っているみたいで、でもこの人の中実際気持ちいい、オナホより全然いい、よくない、そうじゃない、馬鹿、もう、もう、もう。
そうだもうレイプ犯にでもなりきっちゃえばいいんじゃないか?
「ん、ぁ、もっと……あ!あぁっん!ぁあ、は……っ、じん、おく、あ、いい、らめ、おく、きて……っきてるっ、すごいぃ、じん、んっ」
ぬぽ、ぬちゅ。グチュ。ズルルッ、ズパンッ。
エロ漫画みたいな擬音が出るわ出るわ、ちょっと本気出したらこのザマだ。これだ。これで太刀川さんは喜んでくれる。きっとそうで、おれはこうやっていのちをつないでいく。クソみたいな生命を。
「っ……じん、きて、きて……っ」
溺れてるみたいに喘ぐ太刀川さんの長い腕に絡め取られる。ぎゅうと抱きしめられる。あ、これ、だいしゅきホールドってやつだ。何がだいしゅきホールドだ。ふざけるなよ。思いながらも身体は前向きに倒れて、ラブラブセックスみたいな格好になってしまった。顔が近付いて、太刀川さんの目も潤んでいるのがわかった。潤んでいるからなんだと思った。思い切り突き上げてやった。
「あ、あぁあああ〜〜〜〜〜〜っ、っ、んくっ、あ、きて、ぁ………」
そうやって注文通りに中に出した。それで終わった。長いようで短い、短いようで長い、いや実際は結構短かった。一時間くらいで終わった。
「いい子」
そう言って撫でられて、堰を切ったようにまた泣いた。嬉しかったからじゃない。悲しかったからでもない。意味がわからなかったからだ。なんだよ泣くなよと彼は続けて、改めて迅を抱きしめた。人を傷つけて褒められて、違う、人に傷つけられて褒められて、違う?とにかく気持ちが悪くて、どうしようもなくなって泣いた。どうしようもないんだと思った。だって多分この人はずっとこういう世界で生きてきて、違う、この世界って多分当たり前にあってそれでこの人はそういう世界をすんなりと受け入れてしまって、それで、その中で生きてきた。
長く長く抱きしめられながらそれでもさみしいと思ったのは初めてだった。
「悪かった」
忍田家に呼ばれ、忍田真史本部長に頭を下げられた。
「こちらの監督不行届だ。太刀川は薬で酩酊していたが責任能力は充分にあったと見ている。本当に、申し訳ない」
「あなたに謝ってもらっても意味が無いので」
迅は結構疲れていたので、いいですよ、とは言わなかった。
「……そうだな。慶」
「ごめんなさい」
異常な状況だ。なんてったって太刀川は下半身に何も穿いていない。忍田のものであろうワイシャツと、犬につけるような首輪だけだ。
「変だって思うだろ?でも実際世の中ってそうなんだぜ。迅。ごめんな。おれ、お前に何も出来ないよ」
暗転。
ビルの裏。夕闇。あかるい赤い黄色い空をカラスが飛んでいる。影は底なしの闇色をしている。
路地裏で男女がまぐわっている。と最初思った。男と男だった。男と男の片方、犯している方の顔は知らない顔だ。犯されているのは太刀川だ。顔下半分だけが見える角度になって、ふ、と笑うのが見えた。
夢だ、と思って右手を思い切り振った。その手には風刃が握られていた。
戦わないと、
そうだ戦わないと、
「慶」
「太刀川さん」
「良い子だ」
忍田が太刀川の頭を撫でている。太刀川が笑っている。
「……いい、な」
太刀川は忍田に撫でてもらえる。おれは?
「最上さん」
いない。もう最上さんはいない。風刃を撫でる。風刃ももう手放したんだった。何もない。大人にならないといけない。
大人にならないと、立って、大人にならないと、立って、立って、歩いて、歩いて、歩いて。
「あ、あ、あ、」
誰か、誰か、誰か!
夢を見ていた。
涙が頬を滑り落ちた。
生身の顔色を林道支部長にうっかり見られて心療内科を勧められた。三ヶ月待ちのところを無理を言って初診を捩じ込んでもらった。診察では仕事のストレスとか人間関係とかなんか適当なことを言った気がする。症状としては不眠、情緒不安定、何も無いのに涙が出る、とかそんなの。ポケモンみたいな名前の眠剤を水で流し込んで眠る。元々不規則がちではあったし、生活リズムを整えるにはいい機会だ。
「迅さん」
「遊真」
玉狛支部の屋上に空閑遊真がいた。だだっ広い朝焼けにその白髪が赤く染まっている。今日も全然眠れなかった。
「忙しいの?」
「色々ね」
「嘘じゃないみたいけど、なんかある顔してるね」
「うん」
「無理しないで言ってくれればいいのに」
「うん、その時が来たらな」
「そうじゃなくてさ」
「ん?」
「予知とか関係なく」
「あー」
「うん」
「ありがとな、遊真。大丈夫だ。頼りになる大人がいるからな。もちろんお前たちも頼りにしてるけど」
「そうか。それならよかった」
「うん」
早めの朝食のパンを二人分焼いて食べた。嵐山が朝の散歩に誘いに来た。
「おはよう迅」
「おはよ〜嵐山、コロもおはよう」
飼い主に似て凛々しい顔の犬を見ていくらか微笑ましい気持ちになりながら外に出る。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
遊真が見送ってくれる。一応迅と嵐山は公認で付き合っている。そういうことなので二人きり、二人と一匹だけにしてくれるのだろう。
「朝くらいしか会えなくてすまないな」
「いや、いいよいいよ。お互い忙しいし」
「……少し痩せたか?」
手に触れられて、少しびくつく。びくついてしまった。
「迅?」
続いて頬を撫でられる。微かに震えてしまう。膝がかくん、と折れて、その場にうずくまる。
「どうした?気分悪いか」
「あー、だいじょぶ、だいじょぶ……だいじょぶ、だから」
「迅」
「うん、あの、おれね……」
「うん」
「太刀川さんとセックスした」
嵐山は何も言わない。言わないので迅は続けた。
「もちろん不本意だよ?太刀川さんがやろうぜっておれのこと押し倒して、押し倒されたけど俺が上で、つまり太刀川さんが勝手におれのちんこ使って、そう、それで、後から聞いたらなんか怪しいクスリが入ってるチョコ食べたらしくて、それでおれ」
「迅」
「何?」
手を握られた。迅の手は震えていた。嵐山の手は震えていなかった。ただ確かにそこにあった。熱かった。冷たい風が吹いていた。
「つらかったな。話してくれてありがとう」
「……うん」
「病院には行ったのか?」
「心療内科には行ってる」
「一通り身体の方も検査してもらった方がいい」
「うん」
「忘れるしかないよ」
「……うん」
わすれるしかないよ。ひどい言葉を言われた、という反応はどうしてだか出来なかった。当たり前のこととして受け入れてしまった。
「散歩、続けられるか?」
「いや、ひとりで帰るよ」
「送ろうか」
「いや、大丈夫」
「そうか」
次の通院の日、迅は医者に全てを話し、診察室で少し泣いて、それから薬を多めにもらった。わすれるしかないよ。薬を服用する度におまじないのようにその言葉を反芻した。薬はとてもよく効いて、不安な気持ちも身体の震えもだいぶましになった。
「友人だったんです」
「大切な友人で、尊敬していた。少し抜けたところはあるっていうか、まあばかなひとではあるんですけど、たまに妙に冴えたことを言うひとで、そんなところも好きだった。でもこんなにばかだとは……おもってなくて……」
「おれ失恋したのかもしれないです。どうせなら抱かれたかったってずっと思ってるんです。ばかですよね。変なこと言ってますよねおれ。恋人いるのに失恋とか、そもそも未来が見えるのにこんな危機管理も出来ないとか、だって信じられなくて、どうせおれのことだからどうでもいいって、それよりみんなのことが世界のことを優先しようって、見ないふりして、どんどん積もっていって、こうやって爆発して、ばかですよ、ほんと、ばか、みんなばか、嵐山もばかだ、何が忘れろだ、忘れられるわけない、ないのに、おれ、忘れようとしてる、無理なのに、忘れようとがんばってる、嵐山に嫌われないように……」
薬はよく効いて、でも何も解決はしてくれないのだった。ただぼんやりするのが得意になった。

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